「アレックスだけではない。何人かのスプリンターは、最初の一週間でツールを去る。きつい山を越えてまで、この先の勝利を目指すよりも、さっさと気持ちを切り替えて、別のレースに挑戦したほうがいいと割り切っているのだ。
この点、スプリンターたちはひどくドライだ。勝てるステージだけをさっさと取ると、ツールを去っていく」

 
 これは、サイクルロードレース小説『エデン』(近藤史恵)の一節です。『サクリファイス』の続編ですね。
 
 「サイクルロードレースの選手って、そんなにかんたんにツール・ド・フランスを途中リタイヤするの?」──、これは、僕が、サイクルロードレース大好きなのを知っている、父を始め、『エデン』を読んだ複数の人から受けた質問です。
 
 これ、どうなんでしょうね?
 
 ちょうど、先週の日曜日、ツール・ド・フランスが閉幕したばかりです。
 今回のツールドフランスを途中リタイヤした選手のうち、代表的な選手と、その理由をピックアップしましょう。
 
 

  • マチュー・ファンデルプール(アルペシン・フェニックス、オランダ)
    → 東京オリンピックMTB競技へ出場のため。
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  • プリモシュ・ログリッチ(チーム ユンボ・ヴィスマ、スロベニア)
    →ツール第三ステージで負った怪我の影響で、第八ステージでリタイヤ。怪我を回復し、東京オリンピックへ出場、メダルを目指す。
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  • マイケル・ウッズ(イスラエル・スタートアップネイション、カナダ)
    → 東京オリンピック出場のため。山岳賞(マイヨアポア)獲得の芽がなくなったため、残り3ステージ残してリタイヤ。
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  • ミゲルアンヘル・ロペス(モビスター チーム、コロンビア)
    → 東京オリンピック出場のため。残り3ステージ残してリタイヤ。
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  • ヴィンチェンツォ・ニバリ(トレック・セガフレード、イタリア)
    → 「ツールは五輪に向けた準備の一環」と当初から明言しており、3週目を迎えることなくリタイヤ。
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  • サイモン・イェーツ(チーム バイクエクスチェンジ、イギリス)
    → ツール第13ステージで落車、その後リタイヤ。東京五輪には出場予定。
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    ※マチュー・ファンデルプール以外は、全員東京オリンピックでロード競技に出場予定

 
 
こう診ると、ツール・ド・フランスを完走する栄誉を捨て、割り切ってリタイヤした選手は、ファンデルプール、ロペス、ニバリくらいでしょうか。ただし、ロペスやウッズに関しては、「残り3日でリタイヤしたって、調整なんてできないでしょう?」といった批判もあったようです。
 
 
 『エデン』の一節に戻ります。
 「スプリンターたちはひどくドライだ。勝てるステージだけをさっさと取ると、ツールを去っていく」──、あくまで私見ではありますが、間違い(控えめに言ってもミスリードを誘う表現)でしょうね。最大の理由は、ツール・ド・フランス最終日に待ち構える、シャンゼリゼ通りを周回するスプリンターステージの存在です。
 ここで優勝することは、スプリンターであれば誰もが夢見る栄誉ですから。
 
 ただ、同じグランツールでも、ブエルタ・ア・エスパーニャは違います。
 現在のスケジュール、すなわち5月にジロ・デ・イタリア、7月にツール・ド・フランス、9月にブエルタ・ア・エスパーニャというスケジュールに変わってからは、ブエルタと世界選手権(9月後半に開催)の開催間隔が1週間ほどしかない、タイトなスケジュールになりました。
 その結果、ブエルタを途中リタイヤし、(スプリンターに限らず)世界選手権のための調整・休息を行う選手がいるのは事実です。
 
 ジロ・デ・イタリア、ツール・ド・フランス、ブエルタ・ア・エスパーニャの3大グランツールは、出場することそのものが栄誉です。
 「さっさと気持ちを切り替えて、別のレースに挑戦したほうがいい」と割り切るには、偉大すぎるレースですし、仮に割り切るとしても、それに値するレースが控えている(オリンピックや世界選手権)ことが条件になるでしょう。
 
 
 以下、余談です。
 「じゃあ、『エデン』で書かれていることは嘘じゃん」というのは、たしかにそうですが、だからといって、作品そのものの品位が下がるかと言うと、それは大間違いです。
 
 サイクルロードレースを描き、別府史之選手も夢中にさせたという『シャカリキ!』(曽田正人)にしても、『弱虫ペダル』(渡辺航)にしても、実際のレースではありえないような描写や展開が満載です。
 もっと言えば、スポーツを題材にした小説やマンガって、そういうものでしょう。『キャプテン翼』(高橋陽一)なんて、CGを使わないと再現できないような必殺技の連続ですし。
 
 これらの作品は、そのスポーツの本質、尊ぶべき精神性を、きちんと再現し、競技へのリスペクトにあふれています。
 本稿を書くにあたり、僕は『サクリファイス』『エデン』をあらためて読み返しました。
 やっぱり、おもしろいですよ!
 
 東京オリンピック 男子サイクルロードレースは、明後日(2021年7月24日)に開催されます。ネット中継は、当日10:50から以下リンク先で閲覧が可能です。
 
 https://www.gorin.jp/live/CRDMRR—————-FNL-000100–/
 
 東京オリンピックのサイクルロードレースには、世界レベルの、そうそうたる選手たちが集います。
 どんな戦いが繰り広げられるのか、楽しみにしましょう。
 
 
 

参考

 
『ツール・ド・フランス2021、完走率は異例の低さ、迫る東京五輪ロードとの関連性は⁉』(BiCYCLE CLUB)
 
 
理事:坂田良平